波瑠のLOVE & PEACEストーリー
明日のことを考えると嫌になるくせに、とりあえず希望は捨てない。
人間の脳は生き延びるために進化、言い換えれば発達したのだから当然のことだ。波瑠に関して言えば明日は月曜日で憂鬱だけど、週末の来ない明日はないことを信じて生きてみる。
今日は、6月10日水曜日の朝で、満員の通学バスに乗っている。途中のバス停から女子校の生徒2人が乗ってくる。毎週水曜日に限ってで、理由はもちろんわからない。その中の一人は、波瑠にとって人間として大切な繁殖のパートナーでもある尊い人だ。
今年の春先、波瑠はその女子高生をライブハウスの会場で初めて見かけた。彼女は一人で、音楽に身体を揺らせていた。
6月12日、金曜日。波瑠は、学校帰りにレコードショップに寄った。アスファルトの通りから雨の匂いが漂う夕暮れだった。店の扉を開けると、波瑠はレコードアルバムを探す彼女の後ろ姿を見つけた。波瑠は躊躇せず、彼女のいる場所の向かい側のコーナーに立った。
彼女は波瑠に視線を向けると、少しだけ微笑んですぐ視線をアルバムに戻した。とりあえず、相手にはつけいる隙がない。しかし、相手を拒絶している訳でもない・・・ような気もする。波瑠はアルバムを探すフリをして、彼女の向かい側を離れようとしなかった。
波瑠は、おもむろに、つまりゆっくりとした動作で1枚のレコードアルバムをプラカードのようにして彼女に向かって掲げた。
ジョンレノンのイマジン。彼女は、どちらかというと、いやわりとキッパリと無表情な顔でプラカードを見つめた。それから、彼女はやっぱり無表情な顔で店内から出ていった。
波瑠のファースト・コンタクトは、あっけなく終わった。
それから2、3週間、通学のバスやレコードショップで、彼女の姿を見かけることはなかった。
7月初旬のある水曜日、波瑠はいつものように満員バスに揺られていた。梅雨明けにはまだしばらくはかかりそうだったけど、夏風が心地よい晴れた日だった。
波瑠は、ひさしぶりにいつものバス停で、友人と二人でいる彼女を見つけた。
波瑠は、レコードショップでおもむろにプラカードを突き出した自分の存在に気がつくだろうか?それから、自分に対して好意的なのかどうか不安になった。
波瑠は、あれこれ考えながらその場に立ち尽くしてしまった。
波瑠は、ふと彼女が肩に掛けたスクールバッグに、LOVE&PEACEの文字を形どった大きなアクセサリーがぶら下がっていることに気がついた。ポップでサイケ調なデザインが、オシャレだった。
波瑠は、にっこりと彼女に笑いかけたが、彼女はバスの中で友だちとのおしゃべりに夢中だった。
波瑠はバスを降りると、夏の青い空を見上げた。
ぼくたちの上には、ただ空があるだけ。イマジン、みんなが、ただ今を生きているって・・・